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    平成28年(2016年)を展望する。

     ちょうど昨年の今頃に今年を展望し、「激動の予感」と題して見通しを縷々述べたが、この1年を振り返ってみて、やはり思った通りの展開になってしまったとの感じが非常に強い。私の見通しは誤っていなかったが、よい方向に進んだのではなく、どんどん悪い方向に進んでおり、益々危機感を強めているというのが実感である。来年は更に難しい年になると私は見ている。

     日本の政治の面から言うと、安倍政権は益々危険な方向に進み始めているように見える。個々の政策の誤りはもちろんあるが、一番いけないのは立憲主義をないがしろにしていることである。今、国会の場でも与党、野党を通じてそういう最も大切なことを厳しく指摘し、批判をすることが流れとして出てこない。国の基本的な仕組み、秩序を維持する為の立憲主義が真っ向から否定され始めていることが何よりも恐いことだと思う。堂々と憲法改正の手続きを踏めばよいのに今は通らないだろうからと、いわゆる解釈改憲の手法で集団的自衛権を容認してしまったり、平和国家としてのイメージをどんどん壊していくように武器輸出三原則をなし崩しにしてしまったり、非常に強引なやり方をしている。

     最近は司法の判断もお構いなく行政を進めていく。沖縄・辺野古への普天間基地の移転の問題でも今、沖縄県と厳しく対立しているが、この問題でも裁判に持ち込まれていることがあるにも関わらず、その裁判の結果がどうなろうと、とにかく所定の方針通り進めていくと官房長官が平気で言っている。本当に恐ろしいことだと思う。世界情勢が大きく変わり、アジアの情勢も大きく変わってきている中で、日米安保体制もこれからいかにあるべきなのか、一度立ち止まって考え直さなくてはいけない時期に、アメリカの軍事力を補完してほしいという要請にただ応えていけばいいというようなやり方をとる。翁長雄志知事が沖縄の県民の意思を体して政府に堂々と発言をされていることは決して間違っていないと思う。

     原発の再稼働にしても政府の一方的な考え方でどんどん進めていく。TPPにしても今後の国民生活や日本の産業がどうなるのか、とりわけ農業をはじめ各分野で働いている人達がどう影響を受けるのか。そういう視点に立って、日本として守るべきものは守る、堂々と言うべきことは主張するのが交渉の大前提だと思う。ところが日本の立場を述べることよりもアメリカと一緒になってとにかくTPP交渉をまとめる為に、担当大臣がまとめ役をやっていた。私からは一体何をやっていたのだろうかと見える。TPP交渉がまとまったといっても、アメリカの議会は来年の大統領選挙が済んでから本格的な審議をやろうという構えである。仮に大統領が誰になるかわからないにしても、アメリカの政権が変わり、もし議会がこれを認めないということになった場合、日本がなぜアメリカと一緒になって急いでまとめようとしていたのか、全く意味がないことになってしまう。確かにアメリカは日本にとって大事な国であり、安全保障、外交でも経済、金融の面でも緊密な関係をとっていくことは大切だとは思うけれど、ただ言いなりになればいいということではなく、アジアの情勢の変化、世界情勢の変化の中で日本がどういう道を進むべきかを真剣に捉え直していく時だと思う。ところがこういう大きな議論が国会でも行われない。一番いけないのは報道機関(マスメディア)が国民に正しい情報を提供することを怠っていることだ。最近のメディアの劣化には著しいものを感じる。このまま政権にすり寄ったり、持ち上げたりするようなことばかりやっていると、戦前、メディアが軍部に迎合して戦争に向かうことに加担してしまったようなことを再び引き起こすのではないかと怖さを感じる。特に大新聞やテレビ会社が政権に弱みがあるのかどうかわからないが、本来、大手のメディアが担っている公益性についての責任をもう一度真剣に考えてほしい。

     来年の参議院選挙が大きな節目になるが、野党がなかなか対立軸を作り得ていない状況で右往左往する中で、共産党がリーダーシップをとって候補者の一本化の動きを見せ始めている。政権に対立する勢力を大きくすることは必要だが、何の為に大きくするのか、野党再編成の中で何を目指していくのか、どういう社会を構築しようと思っているのかを示さないで、ただ野党共闘なんて言っているのでは政権側から単なる野合ではないかと言われてしまう。大切なことは、今の安倍政権のあまりにも偏った理念、政策に対して「それは間違いだ。」と国民の立場に立って堂々と言い切る政治勢力が生まれてくることであり、そうでなければ意味はない。参議院選挙の前にそういったことができなかったら、投票率がものすごく下がる危険性がある。前回の衆議院選挙でも、半分近い人が棄権をしてしまう中で果たして本当の民意が問われたことになるのだろうかと思ったが、そういうことも今から考えておくべきだろう。選挙年齢が下がること、更にネット選挙が本格化するということでかなり色々な影響は出てくると思う。特に新たに選挙に参加するような世代が投票行動をとる時に、十分な情報が得られているかどうかがすごく大事なことである。もともとあまり政治に関心を持たなかった人達であればなおのこと、正しい情報がより多く届けられることが正しい判断をする為に必要なことであり、改めてメディアの責任が問われることになろう。

     一方、経済、財政・金融についても来年は更に厳しくなるだろう。政府はアベノミクスが成功していると強調しているけれども、決して成功したとは言えない。国外の要因によってうまく進まないのだと責任逃れをするかもしれないが、日銀が異次元の量的金融緩和に踏み切り、大量の国債の購入をはじめ禁じ手のようなことを大手を振ってやってしまったのだから、どこかでけじめをつけなくてはいけない。アメリカは利上げに踏み切ったことで金融当局がある意味でフリーハンドを維持した。一方、日銀の場合には今の状況からいって金利を上げようがない。ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を買ったりするのは経済政策の分野に日銀が踏み込むことであり、金融政策としてこういうことをやること自体、中央銀行として極めて見識のないことだと思う。中央銀行は言うまでもなく、物価の安定、通貨の信用維持、システムの安定等を目的としているわけで、そこに最大の責任を負っている。今や100兆円を超える大量の国債を日銀が抱え込んでいるが、仮に国債が暴落するようなことになれば日銀自体が大変な状況になってしまう。それだけのリスクを負っていることは世界が見ており、中央銀行としての信用が揺らいできていると言ってもよい。そこをどうやってけじめをつけていくのか、日銀としてもよくよく考えてもらわなくてはいけない。

     私はずっと言ってきたことだが、もともとインフレターゲットを設けること自体、中央銀行としていかがなものかと思っている。過度のインフレの中で物価を安定させる為に金融政策を総動員するのは当然のことだが、意図的に物価を上げていくことの為に金融政策を実行することは中央銀行として決してやってはならないと私は思っている。日銀の内部にも一部にそういう危機感があるようで、国庫への納付金を減らして内部留保をしながら国債が暴落した時の危機に備えるというようなことを始めたようだが、そういうことでは追いつかないほど大きなショックが来る可能性はあると思う。

     今、世界経済はどこを見てもよいところがない。そのきっかけとなったのは石油価格の暴落とそれに連動した資源価格の暴落である。それによって資源国は一番先に打撃を受けたが、それと同時に多額の債務を抱えている新興国、ヨーロッパでもギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアをはじめとして最近は産油国のノルウェーも通貨が下落している。中東などは惨憺たる状況になっているし、南米のブラジルやアルゼンチンも債務を抱えて国が破綻するかもしれないというところまで追い込まれてきている。新興国では今年から来年にかけて債務の借り換えをやらなくてはいけないところが多い。2008年のリーマンショック以降、安い金利で債券を発行しているものが、借り換えの時には高い金利になるので債務が拡大することになる。従って借換債が発行できない国も出てくる。いわゆる国としてのデフォルト宣言をするようなことになったらどうにもならない。世界の債権国、金を貸している国も、また新興国の債券を買っているような民間の金融機関もバタバタと危なくなってきたら、世界の金融システムが機能不全に陥ってしまう。もともと新自由主義に基づく金融システムというのは、メチャクチャな金融緩和によって金融市場全体をどんどん膨らませ、実体経済とかけ離れた量のお金が世界を動き回ることによってつくられてきた。金で金を買うマネーゲームの世界で儲けていた人はたくさんいるが、そういう人達から見ると、もともと資源というのは石油でも鉄鉱石でも金銀や銅にしても有限であり、金融市場に比べると市場が非常に小さい。そこに巨額のお金が入っていくから、一挙に値が上がったりする。逆にその資金が市場から引き上げられれば一挙に下がることになる。今そういう状況が起きている。

     今から40数年前のいわゆる石油ショックの時、石油価格が急激に上昇し、世界経済が大混乱に陥ったことがきっかけで、先進主要7ヶ国の首脳が集まって世界経済をどう維持していくかの話し合いをした。その後、毎年サミットは開かれてきたが、先進国首脳が集まって相談しても、先進国だけでは世界経済の課題が解決できなくなった。そこでBRICSなどの新興国が台頭してくる中で、参加国を増やしていく流れになり、最近ではその数が非常に多くなってしまったので、毎年首脳が集まって話をしても「船頭多くして船山に上る。」ではないけれど、まとまった結論が出せない状況になってきている上にアメリカの国力の低下もあり、もはやリーダーシップを取れる国がなくなってしまっている。

     戦後70年の節目の年であるが、第二次世界大戦後の世界秩序を構築する為に国連をつくり、また世界銀行、IMF(国際通貨基金)、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)などをつくったりして今日まで秩序を維持してきた。ところがそれがことごとく機能不全に陥ってしまった。それに代わる新しい仕組みが作られつつあるかと言えば全くそうではない。群雄割拠というか、皆が自分のことを考えて勝手なことを言ったりやったりするような時代になってきている。

     中東でももともと欧米列強が自分達の利益の為に国境線を設定したが、それぞれの国の中で政治の安定を図ることができなくなってしまって、結局、国境を超えた民族、宗教の動きにかき回されて大混乱をしている。シリアやイラク等からの難民の流出が止まらない上に各国でテロ事件が発生し、ヨーロッパ全体の社会情勢が益々不安定になっている。またISをはじめとする過激な集団の活動により、イスラム圏内でも混乱が激しくなっている。

     そういった世界情勢の中で、第二次世界大戦の時はチャーチルやド・ゴールなど、強いリーダーシップと見識を持った人達がいたが、今、世界を見回してもそういう確固たる歴史観を持ち自分の国ばかりでなく、国際社会全体をまとめていけるだけのリーダーシップを持った人は見当たらない。その上、国際的な機関が使い物にならなくなってきている状況だから、将来への明るい見通しが持てないのである。

     今、際立っているのはロシアのプーチンと中国の習近平の2人である。今の世界の状況を見ながら自分が中心となって世界の新しい体制を作ろうという野心だけは見えるが、果たしてそのように動くかどうか、決してそう簡単なものではない。プーチンはロシア国内における人気は非常に高いものがあるので、思い切ったことをやれるのだろう。一方、習近平は無理に無理を重ねているので、人民元にしてもIMFのSDR(特別引き出し権)の枠を取ったということで国際通貨としての評価が得られたと思っているかもしれないが、元が暴落してくる可能性も出てきている。経済が決していいわけではなく、貿易を見ても輸出、輸入とも落ちてきている。元を国際通貨として認めさせる為に、まさに国を挙げて金融市場で元の価値を維持してきたということだが、いつまでも支えきれるものではない。最近は海外への投資も上手くいっていない。オーストラリアで住宅価格が下落し始めているが、これは中国の投資が減ってきたことが原因である。シンガポールでもそういう兆しが出てきている。日本でも中国人投資家による、いわゆる住宅バブルが弾ける時が近付いているような感じがする。

     国際経済、国際金融も石油安や資源安から端を発してどんどん悪い方向に向かってきている。日本の景気はアベノミクスで上手くいっているのだと政府は強弁するけれども、今までは株高と円安でそれを維持してきたが、両方とも危なくなってくるだろう。本来、株式市場に任せておくべきものを、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を使って無理やり株価を上げたりしてきた。それはちょっと間違えるとわずか数ヶ月で10兆円近い資金を失ってしまうという危ない状況もつくり出してしまう。また円安にしても、一時的にはアメリカが利上げをしたのでドル高になり円安が続くと見えるかもしれないが、アメリカ経済が本当の実力でドル高を維持していればよいが、そうではない。アメリカ経済そのものに陰りが出てくることになると、いつまでも円安が続くことはあり得ない。その結果、アベノミクスが破綻することになってくる。アベノミクスによって国内で誰が潤ったのかということになると、結局のところ大企業と富裕層が利益を得ただけに終わってしまう。

     消費税率の引き上げ時期が近付いているので、軽減税率の導入を決定したり、あるいは低所得年金受給者(約1,250万人)に1人当たり3万円を給付とするという一時的な手当てをしてお茶を濁そうとしているが、これから所得が増えていく見通しもない時に多少お金をもらったからといって、直ちに生活の豊かさに還元されてくることはあり得ない。ましてや日本の経済を今日まで大きくしてきた原動力である中間所得層の可処分所得を増やす為の所得減税を行って、個人消費の拡大を図るような思い切った需要政策をとらない限り、日本の経済の先行きは難しくなる。私は常にそのことを言い続けてきたが、それと正反対の政策を安倍政権は取っている。「一億総活躍社会」と言っているけれど、一部の人の活躍の場はあっても、多くの人の活躍の場は益々減ってくる。人手が足りない時期がある程度続いたが、これからは人手が余って仕事がなくなってくる時期も近付いてきているような気がする。

     また政府をはじめ地方自治体も借金でどうにもならなくなってきているが、個人金融資産は依然としてあるわけで、その個人金融資産をいかにうまく国内で循環させるか、その政策が最も急がれることだと思う。対外純資産もあるわけだし、国内の個人金融資産もあるわけだから、それを国内で循環させながら個人消費が拡大していくことになれば、利益を上げている大企業をはじめ多くの企業が国内への設備投資を行うというよい流れになってくるだろう。とにかく国内で物が売れない。売れているのは中国人観光客が「爆買い」しているくらいである。更に大都市と地方都市の格差は益々拡大している。地方が疲弊している状況にある時に、国内に投資しろと言ったところで企業は投資するはずがない。法人税を引き下げる代わりに設備投資をしろなどということは、市場経済の国の政権がやることではない。経済界にそんなことを言うのではなく、黙っていても企業の経営者が国内に投資をしたくなるような環境をつくることが政治のやるべきことである。

     色々述べたが、要するに世界が無秩序の時代、大混乱の時代に進みつつある中で、そのことを早く見抜いて日本の進むべき道を国民にはっきりと示して国民の合意形成をする、透徹した予見力と何よりもリーダーとしての見識が求められている。ところが政治家ばかりでなく、経済界にも官僚や学者、文化人、更にはマスメディアの分野にも見識のあるリーダーが見当たらなくなってしまった。戦後70年が経ち、歴史的な転換点に立っている今日、現在の政権、与党をはじめ国会の責任は極めて大きいわけで、そういうことを踏まえた真剣な議論を是非とも行ってほしいと思う。