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    激動の予感

     衆議院選挙の結果は私が言った通りの結果になったと思う。「安倍さんの、安倍さんによる、安倍さんのための選挙」だと誰かが言っていたが、国民はそのことを見抜いており、政治そのものに絶望しているようなところもあって、自分が投票しても何も変わらない、支持する政党も投票したい候補者もいないという状況で冷めた目で見ていた。そのことが52.66%という過去最低の投票率に表れている。有権者の半分近い人が棄権をしたわけで、これでは本当に民意を得たということにはならない。政権与党である自公にすれば選挙に勝ったということだろうが、選挙制度に助けられた面もあるし、獲得票を見ても有権者の4分の1くらいの支持しか得ていない。選挙の結果、民意を得た、国民から信任されたという意識を持って、先送りしている課題を次から次へと強引に推し進めようとすれば非常に不安定な政治、社会状況が生まれてくる。

     一方、野党はある程度結果は予想していたとはいえ相当ショックは大きいだろう。特に民主党は代表までもが落選をしたわけで党の立て直しが急務だが、党内をまとめられるような人がいない。相変わらず理念がバラバラで一つの方向が見えない。維新の党も今のままではやりようがないから、江田代表は野党再編成をやると言っている。民主党が割れて一部が維新と合流して一つの勢力をつくることもあり得なくはない。ただ維新にしても大きく議席を減らしてしまった次世代の党にしても、安倍政権が目指している方向と政策的にも似ている点が多い。これでは安倍政権を補完する意味しかない。現在の安倍政権の掲げている基本政策が国民生活を豊かにし、国力を大きくすることにはならないということをハッキリ示して対立軸をつくろうとする勢力が出てこないことが一番心配だ。野党が期待できないというのであれば、今の最大与党の自民党の中にかつてのような批判勢力があればまだ救いはあるが、まったくそうした動きが見られない。御身大切で物を言わない。それが輪をかけて心配なことである。

     安倍首相はかねてから戦後政治の総決算だとか日本を普通の国にするということを言っている。アメリカとの関係を益々強化し、集団的自衛権を行使して、国外の紛争解決にも積極的な役割を果たそうとしているように見える。しかしアメリカは公平、公正な立場で世界の秩序を守ろうとしているわけではなく、自国の国益を最優先していることは当然である。そういう国と一体になって外交や安全保障政策を進めていくと、今まで日本を敵だと思わなかった国がどんどん日本を敵視するようになってくる。そうなればなるほど日本を守ることは難しくなってくる。侵略したり攻撃しようとする外部の勢力から身を守る為に最低限度の自衛力、防衛力を持つのは当然のことで、憲法を改正するというのなら真っ先に専守防衛の立場から自衛隊の存在を憲法に明記すべきだと思う。さらにその前提として、国民が自らの国を自らの力で守るのだという強い意志を持つことが一番大切である。それがしっかりしてくれば日米安全保障条約をやめることも一つの選択肢として出てくる。そうすれば沖縄の基地問題などもまた違った方向が見えてくると思う。

     日米関係を重視することは間違いだとは言わないが、アジアにおけるアメリカの軍事戦略に日本が協力するという基本的な考え方に対して、沖縄の民意が先の知事選でも今度の衆院選でもハッキリと示されたのである。それにも関わらず、その民意を全く無視して従来通りの方針を進めようとしていることは、決して民主主義国家における政権のとるべき態度ではない。少なくともトップリーダーとして、あるいは内閣として沖縄の民意を重く受け止めて、今後アメリカと交渉していくということを言うべきだと思う。

     集団的自衛権の問題ばかりでなく、武器輸出三原則のなし崩し的な見直しをやって兵器産業を育成していこうとする意図が表れてきたが、これもまた非常に危険なことだと思う。兵器産業は商売ということから見れば確かに儲かるのだろう。だからアメリカでも軍需産業と石油資本は大きな力を持っている。しかし平和憲法を持つ日本は非核三原則あるいは武器輸出三原則を今日まで守ってきたからこそ、平和国家であることの裏付けとして諸外国に評価されてきたのだと思う。いま経済の先行きが不透明な中でGDPを上げていく為には産業振興、新たな成長産業をつくっていかなくてはならないのは当然だが、それは決して兵器産業や原子力産業ではない。もともと日本は先般ノーベル賞を受賞した3人の学者に象徴されるように、優れた頭脳と技術を持っている。そういうものをいかに応用技術として実生活に活かしていくかを考えるべきではなかろうか。例えば日本の省エネルギー技術や環境技術は非常に優れているのだから、それをどんどん海外に輸出していく方が平和国家としてよほど世界に貢献できると思う。

     私は来年は世界経済が大混乱するのではないかと見ている。思い返してみると約40年前、1973年の石油危機の後、世界経済が大混乱をした。それを何とかしなくてはいけないということで先進主要国首脳会議「サミット」が開かれた。当時のフランス大統領だったジスカール・デスタンが提唱して、フランスのランブイエで第1回のサミットが行われた。その時の大きなテーマは、世界経済を立て直す為に先進主要国の首脳がお互いに意見交換をしながら合意形成をした上で役割分担をしていくということだった。当時から日本は大きな石油消費国だったが、他の国から注文を付けられたのは、日本は石油消費を減らす一方で経済成長を成し遂げて世界経済の牽引力としての役割を果たせということだった。当時からすればそんなことは無理だという課題を与えられたが、日本は見事にそれを成し遂げた。世界でも最も効率のよいエネルギーの使い方をし、しかも経済は着実に成長させ、個人消費を中心にした大きな経済力を持つ国に発展をさせた。そのことを思い返してみればいまの日本の優れた頭脳や技術を踏まえれば、決して日本が経済再生することは不可能ではない。省エネルギーというとすぐに原子力に頼って、原発の再稼働という話になるけれど、私はやはり原子力は廃絶の方向に持っていくべきであり、それを国民生活にできる限り大きな変化を与えずに軟着陸をさせていく道順をつくっていくべきだと思う。

     第2次世界大戦の直前、戦中、終戦直後の時期がアメリカにとって最も国力が強かった時期である。まさに新しい世界秩序をつくる為の国際的な組織をつくって、アメリカが世界の秩序を守っていく中心的な役割を果たそうとしてきた。だがアメリカの国力はどんどん衰退の方向に向かってしまい、いまや財政的にも実質的な破綻状況にある。戦後、国際紛争に次から次へと介入し、ほとんど失敗をしている。いまやアメリカだけではどうにもならないようなところまで来てしまっている。オバマ大統領も任期が終わりに近づいてきている中、先の中間選挙でも負け、まったく指導力がなくなってきている。

     ヨーロッパを見ても、第2次世界大戦後のリーダーとして大きな発言力を持っていたような人達はすでにいないわけで、今それに匹敵するような指導者は残念ながらヨーロッパにはいない。ドイツのメルケル首相が一番長く政権を担当しているけれど、そのメルケル首相も終わりに近づいている。そういう中で、ロシアのプーチン大統領が際立って存在感を増しているが、そのロシアが今、原油価格の大幅な下落によって大きな経済的損失を受けている。ウクライナ問題等で果たしてヨーロッパやアメリカとの関係が修復できるのかどうか。中国は習近平国家主席が中華思想そのもののような大国意識ばかりを出してきており、周辺の国々を脅かすやり方が一層エスカレートする可能性がある。朝鮮半島においても北朝鮮も韓国も内部に多くの問題を抱えている。世界中安定した政権がなくなってきている。そういう中で非政府軍事組織としてのイスラム国であるとかタリバンであるとかアルカイダであるとか、過激派の行動が益々激しくなってきており、それを抑え込む力がどこにもなくなってきているという非常に危険な状況になっている。

     長い間、イスラエルとアラブの対立が世界の紛争の火種あるいは火薬庫と言われてきたが、いまやそういうことではなく、どこの国も自国の中で政権に対する非政府組織に脅かされる状況になっている。その大本の原因は何かというと、やはり貧困の問題であり、それぞれの国の中で格差がどんどん広がっていることにある。日本は先進国の中で最も格差の少ない国だったのだから、もう一度そのことを思い返して中間所得層を再構築することによって一億総中流社会をもう一度具現化していかねばならない。資本主義経済を中心にしながらも資本主義の弱点、欠点を補って格差の少ない日本型の資本主義社会を構築してきたことに誇りを持つべきである。日本がもう一度そういう姿をつくれば世界のお手本になると思う。

     多くの人達が日々の生活において一定の充足感や満足感を得られれば、間違いなく政治も社会も安定する。昔から「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるように、明日の生活にある程度の見通しが立ってくれば気持ちも落ち着いてくる。家庭が崩壊するとか地域社会が崩壊するとか、凶悪な犯罪が増えるとか、そういうことは自ずから少なくなってくるはずだ。安倍政権は国民の信を得たということでいい気になっては困るわけで、もっともっと世界や日本の現実を分析、直視し、より多くの人達に安心感を持ってもらえるような社会を目指して再スタートしてほしいと思う。

     私が何よりも心配しているのは、世代交代が進む中で、戦争を経験した世代が今の政治の世界にいなくなってしまったことである。勇ましいことを言うのは簡単だけれど、戦争というのは決して勇ましいものではなく、戦争ほど悲惨なものはない。いつの時代でも、またどこの国でも指導者が判断を間違えると戦争が起きるが、指導者は前線に行って戦うわけではない。常に号令を出すだけで、実際に犠牲になるのは何の罪もない一般の国民なのである。それだけ重い責任を負っているという意識を政権与党、特に自民党はしっかりと自覚してほしいと思う。