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    アメリカの大統領選挙の結果について。

    2016年11月10日(木)

    カテゴリー» 政治レポート

     世界中から注目を集めていたアメリカの大統領選挙の結果が判明し、予想に反して次期大統領にドナルド・トランプ氏がなることになった。私は早い段階からトランプが勝つ可能性があると、色々な場で発言をしてきた。たまたま投票日の前日、私が主催する政経文化フォーラムで、その可能性が極めて高いと発言したが、参加者もそれはあり得ないと思われる方が多かったようだ。今回の選挙結果について私自身は全く驚いてはいない。

     やはり、この原因はメディア等でも色々言われているが、何と言ってもアメリカの総合的な国力が第二次世界大戦以降ずっと低下してきている中で、今まで以上に格差が拡大し、雇用が奪われ、所得が減って苦しんでいる人達が増えてきたということだと思う。これも以前に指摘したことだが、アメリカの人口構成の比率がどんどん変わってきており、白人の占める割合が落ち、ヒスパニック系の人達、黒人更には移民の人達の比率が上がってきていることも背景にある。

     もともとアメリカは建国以来、世界の中で最も自由で、公平で、強く、豊かな国だということで結束をしてきたのだと思う。しかし現実には人口のわずか1%の人達が3分の2以上の富を独占する。こういう姿は以前からあった。特に新自由主義に基づくグローバリズムを推進した権力の中心、いわゆる東部のエスタブリッシュメントと言われる人達を中心として金融資本と石油資本と軍事産業がスクラムを組んで推進してきた経済財政金融政策、外交安全保障政策の結果として益々貧富の格差が広がった。レーガン政権以降のアメリカの政権は、共和党であろうが民主党であろうが少数の勝ち組の人達の利益を益々拡大させた。それに耐えられない国民の怒りが爆発した結果が、今回の大統領選挙に現れたのだと思う。アメリカは自由な国であり、豊かな、強い国であることに変わりはないが、決して公平な国ではなくなってきているということの現れでもあろう。

     今回の大統領選で負けたヒラリー・クリントンについて言えば、多くのスキャンダルが明るみになってきたように、いわば富を独占している少数の人達によってつくられる大統領であり、就任すれば更にその人達の為の利益を図るであろうということへの反発が現れたということだろう。一方のトランプは、実業家であり政治経験も軍隊経験もないが、大金持ちであるということからすれば、クリントンを支持しない人達にとって全く住む世界が違う人ではある。ただ現在のアメリカを動かしている権力構造に組み込まれていない人という評価が多くの人達からあって、今回の結果になったのだと思う。

     今まで全く政治に関わってこなかった人だから、すべての政策はまさにこれからだと思うので、今後どういう政策をつくり出してくるのか、予断を許さない。日本は今、安倍内閣も政府も経済界も大きなショックを受けて動揺していると思うが、トランプという今までのアメリカになかった異質の大統領が誕生することは、決して日本にとって悪いことばかりではない。むしろアメリカも大きく路線転換をするだろうから、日米間でよく調整をしながら、ただアメリカの言うなりになって、アメリカと一体化し、アメリカの戦略に組み込まれていくという路線から脱却して、日本の自主的な路線を選択することが可能になるよいチャンスだと私は受け止めている。

     例えば安全保障政策についても、安倍首相は「日米同盟は揺るぎないものである。」ということを言っている。何も日米が対抗したり争ったりする必要は全くないが、やはり日本はアジアにおけるアジアの国であり、アジア情勢の変化に伴って独自の外交安全保障政策を取っていくべきだと思う。日米安保によって今でも75%以上の米軍駐留経費の負担をしているが、更なる負担をしなければ駐留米軍が出て行くというのがアメリカの考え方であるならば、日本もそのことを踏まえた新しい安全保障政策をつくっていくべきで、例えば日米安全保障条約をやめて、我が国の防衛は我が国が責任を持つ為に、自衛隊を沖縄に駐留させることも一つの選択肢として十分あり得るのではないか。

     同時に私が以前から主張しているように、世界に敵をつくらない外交、特にアジアにおいて敵をつくらない外交、そういう外交政策と一体になった新しい安全保障政策をつくっていく時期ではないかと思う。戦後の今までの路線の延長線を進んでいけばいいのだという発想、考え方を脱して新しい世界情勢、新しいアジア情勢に応じた新しい安全保障政策をつくっていくという発想の大転換が今必要になってきたのではないかと思う。世界の平和に貢献する日本の姿勢をここで改めて大きく打ち出していくことが大切である。

     先日、核兵器の法的禁止措置について交渉する国連会議をニューヨークで来年開くとした決議を123ヶ国の賛成で採択した時に、日本は「反対」をした。核保有国が反対をするのはそれなりの理由があるのかもしれないが、唯一の核被爆国である日本がそれに同調して反対をするのは、全く世界平和の流れに反したことで、やはり堂々と核廃絶に向けて積極的な歩みを各国に働きかけて進めていくのが日本の当然の役割だと思う。安倍政権は一体何をやっているのかという感じがする。

     一方、TPPに関して今、国会で強引に承認をさせようとしているが、もともとTPPはニュージーランドやシンガポール、ブルネイ、チリなどの小さな国々が推進してきたものを、アメリカが対日戦略上有利に使えると思って主導権を握った経緯がある。そのTPPを推進してきたアメリカで新しい大統領が明確に離脱をすると言っている。アメリカが批准しなければ発効しないわけで、発効する可能性がほとんどなくなっている協定を無理矢理野党や多くの国民の反対を押し切って承認させようとしている政府与党の姿勢は、まるでピエロの役を演じているようにしか見えない。

     安倍内閣や与党は来年1月までのオバマ大統領の残りの任期のうちにアメリカ議会で承認をしてもらおうと、その後押しをする為に日本は先んじで批准するのだということを言っているが、現実の問題として任期を終えようとしているオバマ大統領にそれだけのリーダーシップは期待できない。更に今回の大統領選挙と同時に行われた上下両院の選挙で、両院とも共和党が多数を占めた状況下で、共和党の新しい大統領が明確にTPPから離脱すると言い切っている以上、上下両院の共和党がその意向に反して承認をするということはあり得ない。11月9日(水)に共和党のマコネル上院院内総務が「TPP関連法案は年内の議会で採決されることはない。」と明言している。こういう時に日本の国会で無理押ししてTPPの承認を進めようとしている政治感覚が私には理解できない。

     新しい大統領が誕生することによってアメリカも変わるし、世界も変わっていく。そういう中で従来の発想から大きく転換をすることが今何よりも必要だと思う。それが実行できない安倍内閣であるならば、いずれ国民から見放される時が来るだろう。今弱体化している野党も、大きな流れの変化をいち早く汲み取って、新しい路線を国民の前に提示していく大きな責任があると思う。

    混迷する世界情勢と日本の決断

    2016年8月11日(木)

    カテゴリー» 政治レポート

     混迷する世界情勢の中で、日本は一体どうすればいいのか。従来の路線や考え方を大きく転換しないと、これからの時代、日本は平和な国際環境の中で国民生活を守っていくことが難しいと思う。

     例えばトランプ氏は、日米安全保障条約に基づく在日米軍の存在は日本の為にあるのだから、駐留経費を日本が100%負担するのは当然だということを言っているが、これは全くの考え違いである。日米安全保障条約はアメリカのアジア戦略に日本が協力するという合意の上につくられた条約である。アメリカの戦略が変わり、アメリカにとって必要ではないと言うのであれば、この際、日米安全保障条約を止める決断をするよいチャンスではないだろうか。しかしながら今の安倍政権の路線は、私の考えとは全く違う方向に向かおうとしている。アメリカの外交安全保障戦略を進める上でアメリカの足りないところを日本が補う為に集団的自衛権を行使できるようにし、その延長線上に憲法改正を視野に入れている。私は従来から主張しているが、日本を守っていく為には世界に敵をつくらないことが最も大事なことだと思う。防衛力を強化することは必要だが、まさに専守防衛に徹し、平和外交を進めながら日本独自の力で日本を守る。従って自衛隊の存在を憲法上明記するという憲法改正は必要だと思うが、アメリカと一体となってアメリカのアジア戦略、世界戦略を補完するようなことは敵を増やす結果になり、日本の国民を益々危険に晒すことになる。あくまでも平和憲法の根幹を変えるべきではない。

     自らの国を自らの力で守る国民の強い意識と自覚がなければ独立国家とは言えない。沖縄にこれ以上過大な負担を強いることをすべきではないし、むしろ平和憲法の理念を進めて行けばスイスのような永世中立国を目指すということも一つの重要な選択肢としてあるように思う。

     8月8日(月)に天皇陛下が生前退位のご意向を示唆されたお言葉を報道した中国のメディアの中に、天皇陛下は平和を愛する天皇だとコメントしていたのが極めて印象的だった。第二次世界大戦の戦地で亡くなった方々への慰霊のご訪問が続いている最近の天皇皇后両陛下のお姿を見ていれば、外から見ていてもそういうお気持ちは伝わっていくのだなと改めて感じた。象徴天皇のお立場として、政権に対して直接的なご発言ができないということを十分おわかりの上で、平和のメッセージを発信しておられることに深い感銘を受けている。

     今、原発の問題にしても、原子炉の廃棄物の最終処理を行う技術が完成されていないのに原発を日本に導入し、どんどん増やしてきたことは明らかにエネルギー政策の失敗だと思う。福島の原発事故の後、ドイツのメルケル首相がいち早く「脱原発」を決断したように日本もまず原発を止めるという政治決断をし、その上ですぐにとはいかないのだから、何年かかけて原発を止めていくスケジュールをつくるべきではなかろうか。またそれと同時に電力需要にきちっと応えていく為の従来の水力、火力に加えた再生可能エネルギーのシェアをどうやって高めていくかというスケジュールも明確につくって示していくべきだと思う。その為に必要な投資資金を惜しんではならない。電力会社だけに過大な負担を強いることは不可能なことであり、国の責任で財政的にもきちんと対応していくべきだと思う。

     今までの路線の延長線上を走っていくのは一番楽だろうが、それではどうにもならないところまで来ている。アベノミクスの破綻が目に見えてきているし、黒田日銀もいよいよどうにもならない状況になっているのだから、経済、財政、金融をはじめすべての面で政策の大転換、抜本的な見直しをしなくてはいけない。その為にメディアにはもっと本当のことを報道する姿勢を取り戻してほしい。政権に従い、政権を持ち上げていればそれでいいという最近の姿勢はあまりにもひど過ぎるように思う。権力の行き過ぎを国民の立場に立って批判し、是正するということと、ありのままの姿を国民に正しく伝えるというメディア本来の役割をしっかり取り戻してほしい。

    混迷する世界情勢と日本の決断

    2016年8月10日(水)

    カテゴリー» 政治レポート

     先日参議院選挙が終わり、与党が絶対多数を得た状態で、中央政界は9月の臨時国会まで夏休みに入っている。一方の都知事選は、私は当初から小池百合子氏が勝つだろうと思っていたが、思った通り小池氏の圧勝という形で終わった。これから都議会との関係をどう調整をしていくのか、また批判の強い2020年東京オリンピックに関する様々な不透明な問題をどう明るみに出し、都民、国民の理解を得られるようにしていくか、小池新知事の大きな課題になっている。都知事選挙での公約がどのように守られ、進められていくのか、その手腕が問われている。

     今回の都知事選の結果は、既存の様々な組織や政党が有権者から信頼されなくなってきていることをはっきりと示している。いくら組織を挙げて締め付けてみても、それが思うように機能しなくなってきた。また同時に、いわゆるネット社会が益々広がる中で、ネットの使い方が若者をはじめ有権者に大きな影響を与えることがはっきり見えた選挙ではなかったかと思う。小池氏自身が考えたのか、参謀が考えたのかはわからないが、小泉純一郎氏の政治手法と極めて似た選挙戦術だったと思う。既得権を守ろうとする巨大な勢力によって、寄ってたかっていじめられている弱い立場に置かれていることを強調し、自分は敢然としてそれと戦うというイメージをつくり上げた。日本人の潜在的な心理、いわゆる判官びいきをうまく引き出して、無党派層や政党に対する不信感を持つ人達の気持ちをうまくまとめた。選挙戦術としては実に見事だったと言わざるを得ない。

     大都市東京は特に無党派層が多い地域だから、小池氏の手法が特に成功したと言えないこともないが、やはり日本ばかりではなく世界的に従来の政治手法が通用しなくなってきているように見える。11月に本選挙を迎えるアメリカの大統領選挙にしても1年くらい前までは、まさかトランプ氏が共和党の候補に選ばれて、しかもヒラリー氏と比べてどちらが勝つかわからないというような状況になろうとは誰も想像できなかっただろう。それだけアメリカ社会が変貌してきており、また病んでいるということの表れのように見える。アメリカの人口構成で有色人種の比率が上がり、アメリカ社会で黒人やヒスパニックの人達、更には移民してきた人達の影響力が大きくなってきて、白人社会がだんだん縮小していく、また勝者・敗者の色分けがはっきりして格差がどんどん広がっていく。いわゆるプア・ホワイトといわれる白人貧困層の人達の、社会に対する怒りと将来不安が益々大きくなってきていることが背景にあるようだ。

     トランプ氏は一見、非常識極まりないことを言い続けているように見えるけれど、今のアメリカ社会での勝者に対する怒りを持つ人達の共感を得ていることも間違いないと思う。アメリカ社会を建国以来リードしてきた東部のエスタブリッシュメント、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と言われる人達の指導力が失われつつあることの表れだと思う。アメリカのいわゆるシカゴ学派と言われる人達を中心にした新自由主義、市場原理主義に基づく経済財政・金融政策を、アメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相をはじめとするリーダー達が進めてきたが、その新自由主義の行き詰まりが様々な形で表れてきた。リーマン・ショックもその一つの表れだった。そして今まさにその終焉を迎えている。大きく政策転換をしなくてはいけない時だが、どうすればいいのかがはっきりわからないような状況にあり、世界全体が混乱し困惑している。

     今日までアメリカで大きな力を持った通称ネオコン(ネオコンサバティブ=新保守主義)と言われる人達は、シカゴ学派と連携し、金融資本や石油資本、軍需産業を更に大きくしながら世界の安全保障政策においてリーダーシップを行使しようとの考え方で進んできた。この路線もまさに破綻をしてきており、アメリカ国内でも旧勢力と新しいものを求める勢力とのせめぎ合いが今まさに行われている状況だと思う。それと同時にヨーロッパでも中東やアジア地域においても、テロが日常茶飯事のように行われる危険な社会情勢になってきている。これからどのようにそれぞれの地域を安定させ、世界を平和に導くかという処方箋はまだどこにも見つからない。更には新しい世界秩序をつくる為の中心的な役割を果たす指導者も国もない状況になっている。

     そうした中で、今までのようにアメリカ中心で物事を考え、世界を見る日本の人達からすると、あまり好ましいことではないのかもしれないが、最近の中東やヨーロッパの情勢を見ると、ますますロシアの存在感が大きくなっているように見える。ロシアはもちろん、経済面においても問題がないわけではない。資源価格の下落をはじめ色々な課題を抱えているし、今行われているリオデジャネイロ・オリンピックにおいてもドーピング問題で目の敵にされている。その真偽の程はわからないが、全くなかったとは思えないわけで、国家的な不正行為が行われたということも認めざるを得ないと思う。逆に言えば、ロシアの存在感が大きくなってきていることに対する不安が、そういうところにも表れてきているのかなとも思う。

     それぞれの国のトップリーダーが国民の信頼を失いつつある中で、共産主義国家ではなくなったとは言ってもロシアが独裁国家であることは間違いないわけで、プーチン大統領の独裁体制が際立って強固になってきている。ロシア国内からプーチン批判の声は出てくるはずもなく、プーチン体制が安定していることから思い切った外交安全保障政策を打ち出せるのだと思う。中東を見てもシリアのアサド政権を一貫して支え、イランとの連携を益々強め、一時対立関係になっていたトルコとの関係も修復してISにも対峙する。こういう中で、ロシアがどう動くかが中東問題を見る上で最重要になっているし、そのことが西欧社会に与える影響も一際大きい。一方、イスラエルのネタニヤフ政権がますます中東、ヨーロッパで孤立してきているが、そのイスラエルとともに、従来アメリカと強い連帯関係を持っていたサウジアラビアは原油価格の下落がきっかけとなって経済財政が悪化して政治的に極めて不安的になってきている。そのサウジアラビアを支援する湾岸の国々とイスラエルが連携して、アメリカのネオコン勢力の支援を受け、イランやシリアと事を構える危険性も増している。しかしそのことに対して、アメリカはもはや国を挙げて積極的に介入していこうとする考えもない。結局のところロシアがどう動くのかが大きな鍵になってきている。

     アメリカの戦略として、軍事的にはNATO加盟国、経済的にはEUとしっかり連携しながら政策を進めてきたわけだが、そのいずれもがうまくいかなくなってきて、西ヨーロッパ諸国のアメリカ離れが益々はっきり表れてくると思う。アメリカの強い経済力がなければ、EUの中心国であるドイツにしてもフランスにしてもアメリカに頼っているわけにはいかない。むしろロシアの存在感を西ヨーロッパ社会も無視できなくなってきている。

     プーチン大統領はドイツ、フランスとの政治的、経済的連携を深めていき、大西洋から日本海までの広大なユーラシア経済圏を構築しようという狙いがあるように見える。こういうロシアの動きに対して、中国はロシアと対峙しようという考えはないし、アメリカと事を構えようという考えもない。国内に色々な問題を抱えているので、今の習近平指導部が今後どうなっていくのか予断を許さないが、人民元を世界の決済通貨にしようという考えはなく、アジアにおける決済通貨としての立場をより強めていきたいと考えている。ロシアともアメリカとも事を構えるのではなく、協調関係を持った中でアジアにおける盟主の座を狙っているように見える。(続く)

    英国の国民投票と参議院選挙

    2016年6月29日(水)

    カテゴリー» 政治レポート

     先週、イギリスでEUからの離脱の是非を問う国民投票が行われた。投票前からどちらが勝つかわからないような状況の中、残留を主張し運動をしていた女性の国会議員が殺害されたことに対する影響もあって、一部では残留派が勝つのではないかと予想する人もいた。しかし結果は僅差で離脱派が勝利し、EUからの離脱が決まってしまった。今回のことは将来に対して色々な示唆を与えているように思う。トップリーダーの責任、言動は極めて重く、内外に対する影響がいかに大きいかが文字通り示された。離脱決定後すぐに株式市場や金融市場に大きな影響が出て、為替も乱高下するという状況になった。

     元はといえば、キャメロン首相が前回の総選挙で勝って、政権を維持したいが為に国民投票の実施を約束してしまったことが発端である。今回の国民投票はまさにEUに残るか残らないかという二つに一つの選択を国民に問うことだったが、離脱を選択した人達の中には、キャメロン政権に対する批判、キャメロン首相の政策、あるいは政治手法に対する批判がかなりあったと思う。私の親しいイギリス人もそういうことを言っている。キャメロン首相自身が政権維持の為の大きな賭けをやって、その賭けに敗れた。彼は辞めればそれで済むだろうが、取り返しのつかない大きな負の遺産を残し、国民に対して多大な損失を与えてしまった。国民投票の結果が大差であればまだ治めようもあるだろうが、これだけ拮抗した状況だと負けた方もなかなか収まりがつかないだろう。この対立を再び調和させて連合王国としての協調を取り戻すことは、極めて難しいのではないかと思う。

     もともとスコットランドは連合王国から独立をしたいという考えが強く、2014年に独立の是非を問う住民投票を行った経緯がある。結果として連合王国にとどまることになったが、独立したいという考えがなくなったわけでも収まったわけでもない。そしてそのスコットランドにはEUに残りたいという圧倒的な民意がある。せっかく収まった独立の機運がまた大きなうねりになって表れ、連合王国から独立をしてEUに残りたいという動きがかなり現実的なものになってくるのではないかと思う。

     EU離脱ということになっても、ユーロに加わっていなかったポンドは独立した通貨として今まで通り続いていくだろうが、離脱となれば当然他のEUの国々との間の人の出入りなどにも今までと違った制限が加わってくる。貿易産品にも関税がかかってくる。また金融市場をはじめ、ヨーロッパの中心的な役割を果たしているイギリスに拠点を構えてEU諸国でビジネス展開をしている企業も多い。そういう企業がこれからどういう判断をするのか。イギリス経済ばかりではなく、EU全体にも世界経済・金融にも大きな影響を与えることになる。今回の国民投票の結果がどう収まっていくのか、まだまだ予断を許さない状況だと思う。

     もともとEUに加わる時に国民投票を実施したわけではなく、その時の政権の判断で加盟したのである。今回もこれだけ国民を巻き込んで混乱した状況をつくったことは本当に政治の選択として正しかったのかどうか、よく考える必要がある。民主主義国家においては国民が最終的な主権者であることは当然であるが、それぞれの国の政権が信頼を失っているような時に、何でも国民に訴えかけて国民投票を実施すればよいのかというと決してそうではない。その流れが定着していくことは、裏を返せば代議政治の否定になる。大事なことはすべて国民投票に委ねようという流れが出てくることは、議会制民主主義の国にとって極めて大きな問題なのである。

     個々の問題についてすべて国民に民意を問うことは、IT化が進展する社会において技術的に不可能なことではない。ただしその結果、国が混乱をしたり衰退をしたり滅んでしまっては、一体誰が責任を取るのかということになってくる。もともと代議政治、議会制民主主義というのは、特定の個人が考え出した仕組みではない。色々な国や民族が試行錯誤を繰り返していく中で、どういう政治の制度をつくったら最善なのかを考えた挙げ句に到達した一つの仕組みなのである。それは決して完全なものではないかもしれないし、手間暇のかかる仕組みかもしれない。しかし最も間違いの少ない仕組みだということで、多くの国がこれを取り入れるようになってきたのである。特に社会が多様化し、複雑になってくればくるほど、それぞれの分野における政策を決定する為には専門的な知識も必要になる。一人一人の有権者、国民がすべてのことを知り尽くすことは不可能なことであり、だから自分の意見を代弁してくれる、あるいは考え方を汲み取ってくれる人を選んで、その人に政策判断を委ねているのである。ところが委任を受けた議員の人達が、その責任に耐えられず、むしろ責任を放り出していくようになってくれば、重要なことはすべて国民投票で判断をしようという方向に向かうことになり、代議政治が形骸化してしまう。イギリスにおいては、国会議員をはじめ政治家が今何を問われているのかを、ここで真剣に考えるべき時ではなかろうか。日本の場合も、舛添要一前東京都知事の問題など政治スキャンダルが続いていく中で、政治に対する信頼がどんどんなくなってきている。政治家の質も劣化しつつある。日本においても政治家に任せておけないので国民が自分達で何でも決めようではないかという流れが出てくることは、極めて危ないことである。今回のイギリスの問題を他山の石として、今何が問われているのかを自分自身の問題として考えるべきだと思う。

     ちょうど参議院選挙が行われている最中だが、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて初めての国政選挙であり、新しい有権者の人達も戸惑いと同時に1票の重みを強く感じているのではないかと思う。一人一人の政治参加を重く受け止めている若い人達もたくさんいるようだ。そういう人達がどういう判断をされるのかによって結果が決まってくるだろう。参議院とは一体何なのかを、今回の選挙を通じてもう一度考えてほしいと思っている。私は参議院議員の時からずっと言い続けてきたことだが、参議院は決して政党化してはならないということである。政党化してしまうと、衆議院と同じように政争の中に巻きこまれてしまうし、参議院がつくられた本来の意義が見失われてしまうことになると、警鐘を鳴らしてきた。

     評論家や政治学者の方々の発言を聞いていても、衆議院と参議院を同じような目で見ており、参議院の本質的な役割をもう一度見直すべきだと言われている方は非常に少ない。すぐに1票の重さ、軽さという話になって、人口比例代表という考え方がすべてなのだという割り切りをする人がほとんどである。これにはメディアにも大きな責任がある。こうした考え方で割り切ってしまえば、人口の多い大都市の議席がどんどん増えて、衰退をしつつある地方の声は益々反映されなくなくなる。結果的に地域格差が益々拡大することになる。政治の側もその考え方を唯々諾々として受け入れてしまっており、それが政党の都合と重なって同じ議論ばかりが繰り返されてきた。そうした中でどうにもならないからと、人口が減少した二つの県を一つに合区してしまう。今回は鳥取・島根の両選挙区と、高知・徳島の両選挙区が合区されたが、こんなことをやるのだったら参議院はなくてよいということになってしまう。人口比例代表という考え方で国会の構成を割り切っていくのであれば一院制でよいということになる。ここでもう一度、参議院は何の為につくられたのか、参議院の本質的な役割とは何なのかを考えてほしいと思う。参議院の本来の意義を踏まえておかないと、政権選択ではない参議院選挙というのは極めて虚しいように感じられる。

     もともと日本が戦争に負けた後、占領政策の中で日本の憲法もつくられたわけだが、当時アメリカは一院制を求めていたのに対して日本側は強く主張して、貴族院に代わる参議院をつくり今日の二院制ができたのである。当時参議院をつくろうと主張した人達には、参議院議員はまさに地域を代表し、また職能・職域を代表する人達によって構成され、国家、国民の為に衆議院における政党間の利害対立を是正するという基本的な考え方があった。そのことを忘れて政党比例代表の仕組みを参議院に導入して衆議院と同じ性格に変えてしまったことは、参議院の自殺行為だと私は言い続けてきた。

     今回の参議院選挙で自民党が改憲勢力を確保するかどうかといったことがメディアの関心の中心になってしまっており、参議院本来の意義を見つめ直すべきではないかという声がかき消されてしまっている。非常に残念なことである。有権者の方々も参議院の本来の役割に思いを致し、政党よりも人物を選ぶことに重きを置いてほしい。議員内閣制である以上、衆議院で内閣総理大臣が決まってしまうわけだから、衆議院が政党の権力闘争の場になるというのは当然のことであるが、それが時として国民不在の中で政争だけが行われるようなことがよく起きる。これを国民の立場を踏まえて是正をしていくのが参議院の本来の役割である。政党の都合だけに振り回されるのではなく、国民や地域の代表として将来を見据えてどう判断するのかを堂々と主張し、行動する議員をつくっていくことが非常に大事な時だと思う。

     今回のイギリスの一連の動きを見ている中で、私はまさに日本の政治の将来に対しても大きな示唆を与えられたように思っている。今回の出来事はイギリスやヨーロッパの経済や金融に特化した問題のようにとかく日本のメディアも受け止めているが、そうではなく政治の仕組みに対して根本的な問いかけをしているのだということを、この際真剣に考えるべきではないかと思う。

    民進党に望むこと。

    2016年4月7日(木)

    カテゴリー» 政治レポート

     野党再編成の一つのきっかけになればよいと思っているのだが、ようやく民主党が発展的解消をして「民進党」という政党に衣替えをした。ただ単なる数合わせのように野党第一党の勢力を大きくすればいい、議席数を増やせばいいということだけで終わってしまったのでは意味がない。今の安倍政権の政策の行き詰まりがだんだんと明らかになりつつあり、夏の参議院選挙だけでなく衆議院の解散も近いのではないかと言われている。安倍首相としては選挙が先へ行けば行くほど自分の手で解散をすることが難しくなる。あわよくば同時選挙が望ましい、それができなくても秋には解散に持っていきたいと考えているように見える。選挙で思い通りに勝てれば衆議院の任期4年間いっぱい、東京オリンピックの頃まで政権が維持できるということも睨んでいるのだろう。

     安倍政権について私は以前から指摘しているが、立憲国家である日本において憲法を超越した強大な権力を、行政権の長である首相が持っているかのような政治を行っている。これはとても危険なことだ。その強大な権力によって実行している政策は、外交安全保障はもとより経済・財政・金融政策においてもアメリカの影響力と財務省主導という二つの力によって動かされているように見える。日本の保守政治、自民党政治が長い間かけて築き上げてきた中間所得層を中心とした健全な社会、いわゆる一億総中流社会、そして第二次世界大戦後絶えず世界のどこかで局地戦争、紛争があったけれど、それに巻き込まれずに平和を維持してきた日本社会が根底から崩されようとしている。まさに今、第二次世界大戦後最大の危機に直面しているように感じる。

     振り返ってみると、日本は戦後、荒廃した国土と惨憺たる経済、国民生活を復興させていく過程でアメリカとの協調を基本に置いて、優れた工業製品を作り、主にアメリカという大きな購買力を持つ市場に積極的に輸出をして富を蓄えてきた。その富を一部の人達が占有するのではなく、多くの人が満足感・充足感をある程度持てるような社会をつくる為に適正な分配をしてきた。その結果として本来資本主義ではつくり得ない中間所得層を中心とした一億総中流社会の構築に繋がったのである。何もGDPを大きくすることを目的としたわけではなく、戦後の荒廃から立ち上がって一人一人の国民の生活の豊かさをどうやって実現するかということをひたすら考えてきた結果だったのである。

     ところが日本がアメリカに次ぐ経済力を持つようになり、アメリカにしてみれば安全保障も経済も日本がタダ乗りをしているように見えるものだから、もっとアメリカの国策にも協力しろ、世界経済にも貢献しろということで日本に対する圧力が強まっていった。そういう中で、7年8ヶ月に渡って長期政権を維持した佐藤政権、その後の田中内閣、いわゆる角福戦争から生まれた三木内閣を経て、福田、大平そして鈴木善幸内閣の後、昭和57年に中曽根政権が誕生した。その中曽根首相が当時のレーガン米大統領と信頼関係を築いたということで「ロン・ヤス」関係と言われ、日米間が極めてうまくいっていたと言われているが、私からみると中曽根政権時代に今の対米従属路線が敷かれてしまったように思う。1985年のいわゆる「プラザ合意」によって、ドルと円との為替レートの大幅な円高誘導を容認し、その後のバブル経済の流れをつくるとともに、日銀の総裁だった前川春雄氏が座長を務める首相の私的諮問機関で、いわゆる「前川レポート」を発表した。その報告書は日本経済の対米貿易黒字を減らし、内需拡大に努めるとともにアメリカへの投資を進めるというアメリカの強い要請を受けてつくられたように見える。日本の市場を開放する為の様々な規制緩和や構造改革をアメリカの意向を受けて日本の意思として報告書にまとめたようなものだと思う。その報告書を受けて、日米構造協議が始まっていき、またそれに基づいて対日年次改革要望書が出されるようになった。これがその後のクリントン−宮沢時代にハッキリと表に出てくる。そしてそれを実現する為の政権がまさに小泉政権だったのである。フルブライト奨学金をもらってアメリカで勉強した竹中平蔵氏が政策立案実行の責任者となり、小泉首相の強力な個性とリーダーシップのもとで規制緩和や構造改革を着々と実行に移していった。

     小泉政権が終わった後、安倍政権、福田政権、麻生政権と続くが、いずれもその流れを継承した路線だった。その結果、デフレの解消もできない、景気回復も進まない、年金や医療を中心とした社会保障も全く先行きが見えない。そういう中で国民の負担が増大し、もはや自民党政権では国民の期待に応えられないという状況のもとで2009年に政権交代が行われ、民主党政権が生まれた。その民主党政権が誕生した時に多くの国民が期待したのは、1日も早く景気を回復し国民の所得を増やしてほしいということ、もう一つは社会保障の安定だった。ところが民主党政権はその期待にまったく応えることができなかった。その後、鳩山首相が沖縄の問題の責任をとって辞任する。菅首相は東日本大震災に対して全くお粗末な対応しかできず、政権の危機管理能力の欠如が国民の前に晒されてしまった。菅内閣の後を受けた野田政権は完全に財務省コントロールの政権になってしまった。国民の意思に反する消費税の引き上げを主導し、自民、公明と三党合意をつくって自ら負けるに決まっている解散・総選挙に打って出て惨敗した。その結果、再び発足した安倍政権は小泉-竹中路線を継承するばかりか、それを更に加速化させている。私の目から見ると、大資本、大企業、富裕層の為の政治にしか見えないし、また世界に敵の少ない国だった我が国をアメリカの外交安全保障に追随する結果どんどん敵を増やしてしまい、日本の安全を保障すると言いながら逆に不安定なアジア情勢、世界情勢をつくることに加担しているように見える。安倍首相は「普通の国」を目指すと言っているが、「普通の国」の意味がよくわからない。平和な国ではなく、周辺に敵をどんどん作っていくことが「普通の国」なのかと思いたくもなる。

     最近はこのような安倍首相の間違った政策と強引な政治手法に対して、国民が危機感を持ち始めているように見える。そういう中、先へ行けば行くほど政策の失敗が明らかになってくるので、できるだけ早く選挙をやってしまいたい考えがあるのだろう。衆参同時選挙がなくても参議院選挙はあるわけで、明らかに選挙を意識した発言、行動、政策が目立っている。国民の目をくらますためにやっているとしか思えないような政策、例えば子育て支援、あるいは所得の少ない人達から支持を得たいが為に年金受給者に臨時給付金を支給する。また先日、今年度予算が成立したが、公共事業予算の8割を前倒し執行する。これらは明らかに選挙目的としか思えない。

     その選挙を戦う為の大義名分として、前回の選挙で上手くいった消費税引き上げ延期による2匹目のドジョウを狙っている。来年の4月に予定されている消費税の再引き上げを更に延期することを考えているようだ。アベノミクスが失敗したから予定通り再引き上げができなくなると言われたくないものだから、アベノミクスは上手くいっているけれども、国際的な経済金融情勢の変化によって再引き上げが難しくなっていることを理由にしたい。それを自分達の口からは言えないから、海外から権威のある経済学者、スティグリッツやクルーグマン等を呼んで、自分達の言いたいことを代弁してもらっている。更に本田悦郎、浜田宏一といった側近の人達をどんどんメディアに出して同じようなことを言わせている。こういう状況なので消費税の再引き上げは延期します、国民の皆さんどうですか?と言えば国民はNOと言うはずはない。私はこの際、野党から先手を打って消費税の引き上げを止める法案を出すべきだと言っているが、なかなか野党の足並みが揃わない。特に野党最大の民進党の中には財政規律を重視する人達がかなりいるし、消費税の引き上げを自分達の政権の時にやったのだから停止法案を提出することなんてできないという人もいる。民進党がそういう方向にまとまるのは難しい状況にあるように見えるが、やはり国民が何を望んでいるのかを考えるべきで、国民生活を守る為に、選挙において与党との対立点を明確に示すことが一番大事なことである。

     私は今こそ中間所得層を中心とした一億総中流社会の再構築を実現することが最も大切なことだと思う。それと同時に敵を増やさない外交安全保障政策に転換していくことが大事だと思っている。安倍政権は極端なアメリカとの協調路線をあらゆる政策において示しているので、国民にとって分かりやすい対抗軸をつくりやすい時だと思う。今、安倍政権は地方創生に力を入れている。やる気のある地域から新たな発想をどんどん出してもらって、財政的に国がサポートしていくことで地方創生を進めようとしているが、その結果よくなるのはごく一部の地域であって、このような経済の論理を地方の振興に持ち込んでいくと、益々地方における格差が拡大していく。

     また選挙制度でも人口の多い地域の議席を単純に増やしていくことになってくれば、地方の声は益々小さくなってくる。衆参両院の役割分担を含めた選挙制度のあり方を考えるべきであり、人口比例だけで割り切ってよいというものではない。地方創生に関して言えば、どういう国土を形成するのかという国土の全体計画を持つことが何よりも大事なのである。そういう計画なしに行き当たりばったりで地方創生と言ってもうまくいくはずはない。国土計画は経済の論理でできるものではない。政治がリーダーシップをとって国土全体のトータルビジョンを国民に示し、それを経済財政がバックアップしていくというのが本来のあり方である。経済の流れに政治が従っていたのではいい政治ができるはずがない。

     そういう根本を見つめ直すとともに、戦後の日本の歩みをもう一度しっかり見つめ直していく。国際環境の中での今日までの歩みを考えてみれば、やるべきことはハッキリと見えてくると思う。民進党という政党が誕生し、戦いも近づいてきているこの時に、最大野党である民進党が中心となってあるべき国家像、政権与党とは全く違う国家像を持っているのだということを明確に示してほしい。日本が独立した国として、自分の意思で国をつくれるかどうかのラストチャンスだと思う。